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ビックサーモンリバーの歌

JUGEMテーマ:アウトドア

 

 

ビッグサーモンリバーの歌

 

 

 

 一人で酒を飲んでいると、時々天から「いい考え」が頭の中に降って来くるときがあって、それで結構人生の大きな方向付けがなされていたりする。会社を辞めて旅行をしたり、転職だったり、自分の会社を設立したり、とかいうことも、大体そんな風に始まっている。

2008年ある春の日、君津の家のテラスで一人で酒を飲んでいた。だんだん酔いが回って多幸感が大きくなり、恍惚としてあたりの暗闇の中の木々がボウッと揺らめきだしたころ、突然「働くために生きているのではなく、生きるために働いていた」ということに思い至った。いつもそんな風に考えて働いているようでいて、いままで取得した有給の最長期間は2週間。常識の範囲でお茶を濁していい気になって。とんだチキン野郎だった。それで今年は3週間休むことにした(変わらない?)。行き先はカナダユーコン準州のビックサーモンリバー。休み明けに会社に出てみると、あたかもまるで休みなど取っていないかのような周りの反応が気になった。

 

 

 

ビックサーモンリバーは、源流の湖から約240キロ流れて極北の大河ユーコンに注ぐ、川幅2040メートルくらいの中規模河川だ。スタート地点の湖まで、未舗装だが道路があり、目だった急流もないので川くだりに適している。しかし流域はまったくの無人で道路アクセスはなく、野生動物、特に凶暴なグリズリー(灰色熊)が多い、と言われている。ユーコン川の120キロと合わせて、約360キロを15日間でカヌーで下る計画。

 いままでたくさんの人がこの川で命を落としていて、毎年(特に雨が多い今年)たくさんの人が途中身動きが取れなくなってヘリコプターなどで救出されている、とはいえ、シーズンには毎日のように新たなパーティーが下り始める、ある意味ポピュラーな川であり、今までの経験に照らし合わせてみると、「未体験の大冒険」というわけでもないと思うけれど、なぜか出発前はこれまでで一番怖かった。「今回はもしかしたら帰ってこれないかも」なんて冗談めかして友達に話したりしていたけれど、本当はそれよりもう少しビビッていて、それで空港行きの京成電車の車窓から見える田園風景も、これで見納めかと思ってじっくり見た。何でそんなに怖かったかというと、たぶん今回は一人だったからだと思う。誰かと一緒なら、たとえ場合によっては足手まといになることがあったとしても、怖い、という感じは半減する。一人だとなにぶん考える時間がたくさんあるので、その分どんどん怖くなる。その恐怖感はユーコン州の首都ホワイトホースにつくころにはピークに達していて、ほとんど「もうこれで最後」くらいの気持ちになっていた。

 

 

出発地のクワイエットレイク。名前の通り、誰もいない大きな湖を、黙々と三日間漕いで行く

 

 

出発は818日。快晴。この時期のユーコンはまだ日が長く夜の10:30くらいまで明るい。しかし気温のほうはかなり下がってきていて、日によっては最低気温が氷点下になる日もある。

 2000メートル級のビックサーモン山脈の山々に囲まれたQuiet  Lakeからビックサーモンはスタートする。夕方の7時、鏡のような湖面に生まれて初めて漕ぐカナディアンカヌーを下ろし旅が始まった。

この初めて漕ぐカナディアンカヌー、が恐怖感のもう一つの大きな原因だった。今まで使ってきたカヤックは両側に水を掻くところがついている「ダブルパドル」で漕ぐのだけれど、カヌーは片側だけのシングルパドルを使う。まったく違うやり方で、それなりに流れが速く、障害物(倒木や流木)がひしめいていて、転覆したら死んでしまう可能性が相当に高い川を一人で漕ぐ、というのは考えれば考えるほど恐ろしいことだったのだ。結局ちょっとかっこ悪いけど「ダブルパドルでカヌーを漕ぐ」ことにした。操作性は少し劣るが、なれたやり方なのでこれでかなり気分が落ち着いた。

 

 川の流れ出しまで、大きな湖を3つ、約30キロ漕いでいかなければならない。風か吹いていないとき、まるで周囲の風景にすっかり吸収されてしまったように、音が止む。まったく音のしない、時間の流れも止まってしまったような大きな風景の中を、一人パタパタと漕いでいく。雄大な山々の間の大きな湖、その中の小さな豆粒のような、ただそこだけ少しだけ動いている俺。自分でカヌーを漕ぎながら、視点は高い空の上にあるような、そんな気分で黙々と漕いだ。湖と湖をつなぐ水路には清冽な水か流れ、見たこともないような大きなグレイリング(北極マス)が並んで、悠悠と泳いでいる。あまりに水が透明なので、ボケッとしていると魚が宙に浮いているように見えてくる。油断していると魚を捕まえるためにそのまま歩き出してしまいそうだ。

 

 

上流部の倒木。ときに流れを完全にふさいでいるので、カヌーを担いで乗り越える

 

 

 3日目、あまりに流れない水に疲れて辟易としてきたころ、ついにビックサーモンの流れ出しにつく。水はある地点から突然、すっ、と流れ始め、お尻が浮くようなむずがゆい感じを残しながらカヌーは気持ちよく進みだす。いよいよここからが本番だ。ぼっと緩んだ頭と体に一気に緊急信号が入り、のどが渇いていく。

川に入ってすぐ、鮭の姿を目にするようになる。潜水艦のような流線型をした真っ赤な紅鮭。いままで何度も見たり、無駄にたくさん釣ったりしてきたが、こうやって改めて、ひりひりするような緊張感に包まれながらみるその姿は神々しく、胸に迫る。がしかし、鮭に見とれる余裕はなかった。一番危険なのは流れが速く、川が狭い上流部。ところどころ倒木が重なり川が完全にせき止められている場所がある、と聞いていた。そこにぼやっと突っ込んでしまうと脱出できなくなる可能性がある。緊張する体に、さらに強い緊張と集中力を強いながら、次々と障害物をかわしていく。アドレナリンの噴出は最高潮に達し、のどはからから。頭の中ではインディージョーンズだかなんだか勇ましい音楽が流れる。「俺は冒険してるぜ」と一人いい気になっていると、前方にこの旅初めてのパドラー発見。ドイツ人らしきカップルは、まっすぐ進むこともままならず、右へ行ったり左へ行ったり、流れを無視して右往左往している。その姿はあくまで牧歌的。盛り上がった冒険気分は一気になえ、恥ずかしい気分がこみ上げてくる。そうビックサーモンにはこのような初心者もたまにはやってくる。彼らが無事に下れるならば、俺は目をつぶっていたって下れるに違いないぜ、まったく。「ヘロー」「ヘロー」と気の抜けた挨拶を交わしながら、彼らはあっという間に視界のはるか後ろへと去っていった。

 

流れが倒木で完全にふさがって、荷物や、場合によってはカヌーを担いでこえなければならないところが何箇所かあったものの、疲れるが、概して危険はなく、3日ほどで「難関」といわれていた上流部を漕ぎ終えた。ちょっと拍子抜けしないでもなかったが、これで一安心。後は鮭でも見ながらのんびり下ろう、と思いながらキャンプを張って酒を飲む。本当の困難はこれから始まる、などとは知るよしもなかった。

 

 

キャンプの風景。猫の額のようなタープで雨を避ける
クランベリー摘み放題

 

 

 

 早い人は8日くらいで下るコースを15日間で行くのでそんなに頑張って進まなくてもいい。大体10時ごろ出発して、3時か4時ごろにはキャンプ地を探しだす。なるべく開けた川原が気持ちがいい。上陸するとまずテントを張り、ビールを川に浸して、まきを集める。まきはいくらでもある。

川の水は浴びるには冷たすぎるし乾燥していて寒いので体の汚れはあまり気にならない。15日間で二度体を拭き、下着を替えた。でも頭は毎日のように洗った。川の流れに頭を浸して、何もつけずにごしごしこする。ぞっとするほど髪の毛が抜けるが、これで生まれ変わったような気分になる。

カナディアンカヌーは大きくて荷物をたくさん積むことが出来るので、今回は酒や食料は豊富に持ってきた。ビールや、ちょっとした野菜もある。

 

5時くらいに焚き火を起すと同時に飲み始め、寝るまでの間4時間か5時間ずっと酒を飲み続ける。一人ではあるが、キャンプ生活では焚き火の世話をしたり、焚き火で料理を作ったり米を炊いたり、と結構忙しい。それに酔うにつれ時間の感覚は消え去り、また新たな「いい考え」が頭の中に舞い降りてきたりするので退屈しない。

川原にはブラックベリーやクランベリーがとり放題で、魚がつれた日はそれを食べた。川に入って5日目、40歳の記念誕生日の献立は、

  • グレイリングのバターソテー
  • ジャガイモとたまねぎのグリル
  • クランベリーのデザート

という感じ。それとビールとウイスキー。そしてご飯。

 

 キャンプを張っている川原で熊の糞を見つけたり、時にはキャンプ場の対岸まで熊がやってきたこともあったが、なぜか今回は熊はぜんぜん怖くなかった。川を下ること自体のほうが危険度が高いと思っていたし、それに寝るときは耳栓をしてしまうので、いつも朝までぐっすりと寝ることが出来た。そういえば川にいる間中、昼間眠くなったことは一度もなかった。

 

 雨が降り続く日は停滞。小さなビニールシートを工夫して張りタープにして、その下でじっとギターを弾いたり本を読んだりして、酒屋が開く時間(5時、日によって4時)を待つ。天気は4日目以降雨がちになり、7日目に初めて停滞。漕ぎながら歌おうと思ってビックサーモンリバーの歌を作った。作った後テントでギターを鳴らして歌っていると、歌の内容はそれまでの旅の中で何度も感じ反芻したことなのに、途中で感極まって歌えなくなってしまった。歌というのはすごいものだと思った。夜、酒を飲みながら、忘れないようにもう一度歌っておこう、と思ってギターを取り出したら、すでにすっかり忘れていてもう一度作り直した。この歌はその後1000回くらいは歌ったので、ビックサーモン流域では大分ポピュラーになっていると思われる。

 

 

 

 ビックサーモンリバーの歌を作った翌朝から、まるで川が歓喜にむせいでいるかのうように、雨が降り続いた。

 8日目、雨の中出発する。雨が止んだ隙をついて釣りをしたり、歌を歌ったりしながら、(寒くてつらいながら)のんびり下っていたら、だんだん支流から入る水がにごってきた。あまり深く考えずにいくつかキャンプ候補地をパスして先に進む。ふっと気づいたときには流れは完全に濁流となり、水かさがどんどんあがってきた。もうそのときには川原という川原は流れに沈み、トイレに行くために停船するのも難しくなってきた。カヌーはすっ飛ぶような速さで流れていく。距離感がつかめなくなり自分がどこにいるのかわからなくなる。たまに川原の少し高くなった森の中にテントが張れそうな場所を見つけても、流れが速くて接岸できない。無理に接岸しようと思うと川岸の障害物につかまりそうになって肝を冷やす。この流れの速さで転覆したらまず助からない。

 時刻は5時。暗くなるまで時間はあるがだんだんとあせってきた。降り続く雨と、体温を体の芯から奪っていく寒さがあせりを高め、一人であることと、それに打ち勝つことの出来ない気持ちの弱さがさらにあせりに輪をかける。ピンチだ。気持ちが負の連鎖に入り込むと、一人だと特にそこから抜け出すことは簡単ではない。「おーピンチだ」なんてその状況を客観的に楽しみたいとは思うものの、そう思おうとしても体も気持ちもついていかない。しかし落ち着かなければならない。

 流れの中に残った中州の下流側に無理やり船を着けて下船。かじかむ手でタバコを取り出し、思いっきり吸い込んで頭を整理する。「よし、接岸できるところがあればとにかく船を着けて、無理やり林の中にテントを張るしかない」と覚悟して再出発。次のコーナーに差し掛かったところで左側にキャンプ地発見。必死に漕いで流れの逆流しているスポットに入り込んだ。川からいくらか高くなった林の中、複数のキャンプ跡があるよいところだった。もし直前に停船せず流れに乗っていれば接岸できなかった可能性が高く、本当にラッキーだった。その場にへたり込んでしまいそうなくらい、心のそこからほっとした。

 

 翌朝、水かさはさらに上がっていた。カヌーを太い木に縛りなおし、最悪の場合の脱出路を探しに行く。このまま水位が上がり続ければ、カヌーを捨ててほうほうの体で山の中へ逃げ込まなければならない。雨は止まず、こころ細い停滞日だった。

 

 夜、焚き火も起こせず、1.5メートル四方のタープの下でうずくまるようにして酒を飲む。今日で9日目。今までの道のりを振り返る。意外なことに、こんなわびしい状況でも、少なくなっていく残りの日数と、いつかくるこの旅の終りを考えると、胸が切なくなってきた。寒くて凍えていて、不安に震えていても、それはそれとして心は落ち着いている。そう思うと気分が急に良くなってきた。水位も心なしか下がってきたようだ。残り6日。酒は十分ある。ウイスキーを飲みすぎて酔っ払った。

 

 

 

 

 

 

 12日目、明日にはユーコン川に合流するこの日、一度は青空の下でビックサーモンを漕ぎたい、と思っていたら、ついに晴れた。6日間雨が降り続いた後の日差しのありがたさは例えようがない。雨にぬれた木々や草がきらきらと逆光に輝いて夢の中に漂っているようなぼんやりした気分になってくる。このままカヌーごとゆっくり天に昇っていっても、場面がパンフォーカスしていって気づいたら映画の中のワンシーンだったりしても、何の不思議もないような現実感のなさ。俺はこの瞬間を待っていたのだ。

 

 昼過ぎ、ユーコン合流直前で、ビックサーモンリバー最後のキャンプを張る。久しぶりの川原のキャンプ。南北に大きく空の開けた広大な川原に、太陽が真正面から惜しみなく降り注ぐ。まだ水位が高いので、テントは少し林の中に入って張る。一歩林に足を踏み入れると、針葉樹の下は一面緑のコケで、そこにさまざまな種類のきのこや、足の踏み場もないほど転がっているムースの糞が、木洩れ日を受けて光り輝く。この一枚の絵のような風景の中では、うんこまでもが美しかった。

 

 テントを張って川原に戻る。今日は酒屋も早めの開店だ(2時)。広い川原にちょこんと座ってビールを開ける。そのまま寝転がって空を見上げると、見えるのは空だけだった。視界いっぱいに広がる空のところどころに浮かぶ雲は手の届きそうなくらいに低く、頭上を中心にくぼんだように距離が近い。アンパンの、上からそこだけ誰かがぎゅっと手のひらで押して、それであんこが周りにぐにゃっとはみ出したかのような空。空間は、あくまで平行的にどこまでも続いている。これを毎日見ていれば地球が丸いなんて想像も出来ないだろう。

 

 日没は8:30。酔いが回り、空が赤みを増すにつれ多幸感はますます大きくなる。「もしかして俺はこの風景を見るために生まれてきたのではないだろうか」そう思ってビックサーモンリバーの歌を歌った。

 最高の一日だった。

 

 

 

 

 だんだん空が開けていき、風景が大きくなってくる。スタートしてからはじめての電線を頭上に見上げたかと思うと、川岸に小屋なんかも見えるようになった。ユーコンが近い。久しぶりに見る人工建造物。光を直線的に跳ね返す電線や電柱も、黄色や赤の屋根や壁も、ひどく奇妙なものに感じられて心をがさつかせた。でもこの旅ももうすぐ終わる。こうやって徐々にもといた世界に戻っていくのもいいのかもしれない。

 

 13日間のビックサーモンリバーの旅。その間4組のパドラーに出会った。最初に会ったカップルは増水を無事に切り抜けただろうか。他のパドラーと話しているときに上空にヘリコプターの音が聞こえたりすると、「あれは俺たちを探しているに違いない」と自然に冗談が出る。まずは俺が無事でよかった。みんなも無事でありますように。

 

 たくさんの動物に出会った。夜トイレに起きると、対岸に大きな黒熊が歩いてこっちにやってくる。じっと立って見ていると、こちらに気づかない彼は一心にベリーの実を食べている。木を抱え込むようにして、白く丸い鼻をくっきりと光らせて。その姿はあまりにかわいらしく、恐怖を忘れて見とれていると、川に入って中州に渡ってきてしまった。ベアスプレーを持ってこようとそろりとテントのほうに動いたら見つかってしまった。黒熊は、ゆっくりとまたもと来た茂みに帰っていった。

 

 カヌーでコーナーに差し掛かると、アウトコースでグリズリー(灰色熊)が、川から死んだカリブーを引き上げようと悪戦苦闘していた。流れはどんどんそっちに向かっていく。想像もしなかったすごい見ものに興奮して、恐怖も忘れてじっと息をひそめて近づいていく。グリズリーの鼻息がはっきり聞こえ、その鼻息の圧力までも感じられるんじゃないかと思ったとき、こちらに気づいたグリズリーは、ゆっくりと獲物を離し、そしてゆっくりと茂みの中に歩き去っていった。その風景は余韻のように頭に残り、しばらくボーとしてしまって後頭部がじんじんしびれ、身動きできずに川を流れていった。絵画のようで現実感はないんだけど、そこに野生の全てが凝縮されているような、そんな風景だった。今思い出しても頭がしびれてくる。

 

 

 晴れ渡った空の下、つらかったけど最高だったビックサーモンリバーを振り返りながら流れに流されていく。目の前が水に埋め尽くされた、と思ったら、放り出されるようにユーコン川に合流した。

 

 広い川幅、ほとんど起伏のない一定の流れ、開けた大きな風景、大きな空。山の中を縫って流れるようなビックサーモンとは対照的な、これも極北の風景。緊張していた心と体を解き放ち、時に船の上に寝転がりながら歌を歌って、ゆっくりとユーコン川を下って行った。

 

 

ユーコン川の広い川原で快適なキャンプ

 

 

 ついに明日が最終日。食料も酒もあらかたなくなったが、まだカレーが残っている。今日はパイクを釣ってフィッシュカレーにしよう、と思って、途中小川の流れ込みにカヌーを着ける。ルアーをつけてよどみに投げ込むと一投目であたりが来た。釣り始めておよそ2秒。久しぶりに味わうパイクの引き。竿ごと水の中に持っていかれそうになりながら、力を入れて強引に引き寄せる。目の前に70センチ大の古代魚のようなパイク。網を持っていないのでここからが難しい。力を入れて、ずるずると岸に引き上げるしかない、が水から離れたパイクはその重さを急激に増し、重すぎて簡単には上がってこない。何度かずるずるやっていたら、そのうち針が外れて逃げられてしまった。

 しかしまったく問題はない。パイクがいるところでは、パイクはすぐに釣れる。2投目を投げ入れる。すかさずヒット。また2秒。なんとイージーな釣りだろうか。今度はさっきより大きい。ちょっと慎重に、パイクの体力を十分に奪ってから、タイミングを取って一気に引き上げる。何とか岸に引き上げたそいつを長靴で蹴っ飛ばして水から離す。80センチの丸々太ったメスのパイク。

パイク釣りが大変なのはここからだ。恐竜のような顔と鋭い歯。情けないが怖くて触れない。丸太を探してきて力いっぱい頭を殴り気絶させる。怖いが、熊がやってくるかもしれないので手早く、そして水の中で処理しなければならない。ルアーをはずそうと思ったらパイクの歯で指を切ってしまった。硬いうろこのついた身を、研ぎが甘くて切れないナイフで強引に捌いていく。パイクの血よりも俺の血のほうがどくどく流れ、白身の肉を真っ赤に染める。カレー用に、ちょこっとだけ肉を切り取り後は流れに投げ捨てた。罪悪感。

 

 

 

 

 だんだんとゴール地点のカーマックスが近づいてくる。10年前にテスリン川からユーコンに入り、同じようにここを通ったときは、その先に続くのは次の旅だった。でも今は、この後に待っているのは、これとはまったく違った、日常の生活。川の流れに着実に流されながら、気持ちの中では自分の体を上流に引っ張って行きたい、そんな気分だ。もう一回スタートから下りなおしたっていい。寒くて冷たくて怖くって、つらかった時もたくさんあったけど、でも最高に楽しかった。

 川原に看板が立っていた。「コールマインキャンプ場まであと2キロ。右側を行け」。ああ、帰ってきた。

 

 

 

 キャンプ場に船を着け、ロッジに荷物を下ろす。水も外から汲んでこなければならないようなへっぽこロッジだけど、なんと言う快適さ。

 

 部屋の中には大きな鏡があった。2週間ぶりに見る自分の顔。半分白髪になったひげがぼうぼうと生え、肌は日に焼け、見たこともないようなくっきりと深いしわがいたるところに刻まれている。「これが俺の顔かあ」。飽きずに何分も鏡を見続ける。でもそれは、顔がワイルドに変わっていたからじゃなくって、そうではなく、自分の顔そのものが珍しかったからなのだった。

 

 普段普通に生活していると、どんな人でもまず一日に何度か鏡やガラスで自分の顔を眺める。普通に、その顔が自分だと思っている。しかしキャンプ生活で、自分の顔を全く見ないで生活していると、そして特にそれが一人だったりすると、自分、という存在は、感覚的に、自然に、もっと自分の内側に入っていって、自分の顔のことはほとんど意識しなくなってくる。手や足は見ることが出来る。それはまさに「手足」という感じで、自分の一部なんだけど自分そのものではない感じがする。「自分」は、感覚的には頭の内側にあるような感じ。ましてや顔は、それが他人に見せるためにあるものなのだ、ということに気がつく。

 鏡がまだなかったころ、人間は自分の顔を見ることが出来なかった。そのころの人間は、多分それと同じ感覚で生きていたんだろう。動物だって自分の姿を見ることはない。彼らはどういう自分を持っているのだろうか。自分の顔が自分であるというような感覚、それが実はちょっと不思議な、もしかしたらちょっと変な感覚で、人間だけが、それも結構最近身につけた感覚なんだなあ、そんなことを思いながら、鏡に映る「俺の顔」を見続けた。

 しかしそれにしてもひどい顔をしている。もう四十歳だからこのしわなんかもずっともう消えないのかも知れないなあ。そんなことも思っていた。

 

 

 

 

 翌朝起きると、俺は生まれ変わっていた。言うのも恥ずかしいような言葉だが、でもまさにそんな感覚だった。川からあがるまでは思っても見なかったような感覚が生まれていた。「絶対的な満足感、充足感」。もちろん川にいるうちから楽しかったし、満足していた。でもそれがこんな形になっていくことはぜんぜん予想できなかった。全てが満たされて、そこから新しい人生が始まっていく、そんな気持ちで、体中がエネルギーで満ち溢れていた。こんな感覚をいままで味わったことがあっただろうか。

 この感覚はどこから来ているんだろう、と何度も考えた。はっきりとした答えは今でもわからない。思い浮かぶのは、自分の身を危険な(と自分で思う)状況にさらすことによって得られた冒険的な達成感、ということと、DNAの中に刻み込まれているはずの何十万年もの間祖先がやってきた大自然の中での生活がもたらす満足感、の二つ。そうではないかも知れないし、それ以外にも理由があるかもしれないが、いづれにしてもその感覚は日本に戻って2週間が経ったいまでも残っていて、今回の旅行の前と後で、なんだか違う人生を生きている、というような気が、間違いなくどこかでしている。

 

 

 

 

ビックサーモンリバーの歌

 

 

氷河を抱く山の間を

曲がりくねって流れていくんだ

鏡の中にマスが走り

静寂破ってカラスが鳴いた

 

おお、ビックサーモンリバー

でっかい鮭が帰ってくるところ

 

 

飛び立つワシを仰ぎ見たんだ

でっかい空に雲がまぶしい

動きを止めると音も止んだ

耳が鋭くなっていく

 

おお、ビックサーモンリバー

でっかい鮭が帰ってくるところ

 

 

野いちご食べる熊の姿も

千年前と変わらないんだろ

遠くで鳴くのは狼だろうか

ためしに鳴き声まねてみる

 

おお、ビックサーモンリバー

でっかい鮭が帰ってくるところ

 

 

流れを埋める赤い弾丸

鮭が故郷に帰っていくんだ

腹に抱くのは命かイクラか

気高い姿に頭がしびれる

 

おお、ビックサーモンリバー

でっかい鮭が帰ってくるところ

 

 

ぬれた枝集め焚き火を起こす

毎日ご飯と焼き魚

帽子の下の頭がかゆい

何にもないけど何もいらない

 

おお、ビックサーモンリバー

でっかい鮭が帰ってくるところ

おお、ビックサーモンリバー

真っ赤な鮭が帰っていくところ

author:oneman-band, category:アウトドア, 08:37
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